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札幌高等裁判所函館支部 昭和37年(う)43号 判決

判   決

本籍 函館市東雲町二二番地の二

住居 右同所

自動車運転者

藤井政次

大正九年六月六日生

右の者に対する道路交通法違反被告事件について、昭和三七年六月四日函館簡易裁判所が宣告した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検事岡本清一出席、取調の上、左のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人島田敬提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する検察官の答弁は検察官木暮洋吉提出の答弁補充書記載のとおりであるから、右控訴趣意書および答弁補充書をここに引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について。

所論は、原判決は「被告人は昭和三七年二月二七日午後七時頃、函館市東雲町二二番地先の自宅前道路において、普通自動車を離れるに際し、そのエンジンをとめないで自宅内に入り、もつて車両停止の状態を保つため必要な措置を講じなかつたものである。」との事実を認定したが、被告人は当時自動車の点検整備のためフロントの傍におり、自動車を離れたことがないのであつて、原判決にはこの点につき事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

しかし、原判決の挙示する証人村上新三郎の原審公判廷における「函館中央警察署東雲巡査派出所勤務の同人が原判示の日時場所に駐車中の本件自動車の傍を通りかかつたとき、右自動車のマフラーから白い排気煙が出ていたので、エンジンがかけられたままになつていることに気がつき、自動車の内部や周囲を見まわしたが運転者がいなかつたので、交通違反であると判示して自動車の後方にまわり車両番号などを手張に控えていたところ、被告人が自宅玄関の戸を開けて出てきた。」旨の供述によれば、被告人は本件自動車を自宅前に駐車したまま自宅内に入り、かつ、玄関の戸を閉めており、したがつて、被告人としては直ちに自動車を運転することができない状況にあつたと認めることができ、右所為が道路交通法第七一条第六号にいう運転者が車両等を離れたことに該当することはいうまでもない。被告人の原審および当審における供述中所論に副う部分は信用し難い。原判決には所論の如き事実誤認の違法はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(事実誤認又は法令適用の誤の主張)について。

所論は、道路交通法第七一条第六号にいう「原動機をとめ」「完全にブレーキをかける」等とは、当該車両等が停止の状態を保つために必要な措置の例示であつて、それぞれ独立の措置としての意義を有するものであるから、たとえ、原動機をとめることなく車両を離れても、他に同車両が停止の状態を保つための必要な措置、例えば、手動ブレーキが完全にかけてあれば同条号違反とはならないというべきである。被告人は当時本件自動車の原動機をとめなかつたけれども、ブレーキをかけていたのであるから右条号に違反しないものである。しかるに、原判決が被告人は原動機をとめなかつたとして右条号を適用したのは、事実を誤認したか又は法令の解釈適用を誤まつたものであるというのである。

よつて按ずるに、道路交通法第七一条第六号は、車両等の運転者が「車両等を離れるときは、その原動機をとめ、完全にブレーキをかける等当該車両等が停止の状態を保つため必要な措置を講ずること。」を規定し、同条号にいう「原動機をとめ、」「完全にブレーキをかける」等が「当該車両等が停止の状態を保つため必要な措置」の例示であることはその法文上明らかであるけれども、所論の如く「原動機をとめ」「完全にブレーキをかける」等が、それぞれ独立の措置としての意義があり、右例示の措置の一を講じたことをもつて直ちに同条号にいう必要な措置をつくしたものと解するのは相当でない。けだし、同条号にいう「車両等」の中には、原動機、ブレーキを共に備える自動車、原動機付自転車等の類から原動機、ブレーキを共に備えず人力又は動物の力により牽引される車および牛馬の類までも包含し(同法第二条第一七号、第八号ないし第一三号)、更にこれらの車両等が停止する道路にも平担地のほか上り坂又は下り坂があり、右各般の状況下において、運転者が車両等を離れる場合に遵守すべき措置を包括して規定する立法技術上例示の形式をとつたのにすぎないのであり、したがつて、同条号の規定する措置の内容は、車両等の種類および道路の形状の如何に応じ自ら異ならざるをえないからである。要するに、同条号は 運転者が車両等を離れ、直ちに、これを運転することができない状況下にあることにより、同人の支配しえない原因から車両等が暴走する危険の発生を未然に防止するため、運転者が車両等から離れる場合はあらかじめ当該車両等が停止状態を継続しうるだけの措置を講ずべき義務を課したのであるから 運転者のとつた措置が同条号の要請を充たしたすのであるかどうかは、車両等の種類や道路の形状等の具体的状況の下で、当該措置によつて右車両が停止状態を継続しうるものであるかを検討して、個別的に判断しなければならない。これを本件についてみるに、本件車両は普通自動車(一九五六年型ダツトサン)でその駐車個所は平担な道路上であること、被告人が右自動車を離れるに際しハンドブレーキをかける措置をとつたのみで、原動機をとめる措置を講じなかつたことは証拠上明白である。そして、証人阪内清二の当審公判廷における供述および同人作成の鑑定書によれば、本件の如き状況の下で、原動機をとめずハンドブレーキをかけた場合自動車が停止の状態を継続しうる可能性の強弱大小は、外部的事項を考慮しない限り、原動機をとめ、かつハンドブレーキをかけた場合と殆んど差異がないけれども、前者の場合原動機の振動により、ハンドブレーキのラチエツトがはずれてブレーキがゆるめられる。したがつて、運転者が車両を離れるとき本件駐車個所の如く、勾配のない平担な道路上においても、普通自動車が停止の状態を保つためには、他に格別の措置を講じない限り、少なくとも原動機をとめ、かつ、完全にブレーキをかける措置を講ずることが必要であり、単にハンドブレーキをかける措置をとつたのみでは、前記道路交通法第七一条第六号にいう車両等が停止の状態を保つに必要な措置をつくしたものとはいい難い。原判決には所論の如き事実の誤認又は法令の適用を誤まつた違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし、同法第一八一条第一項本文に従い当審における訴訟費用は被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

昭和三八年七月二日

札幌高等裁判所函館支部

裁判長裁判官 羽生田 利 朝

裁判官 浅 野 芳 朗

裁判官 神 田 鉱 三

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